2016/07/07

ワークショップ リレーレポート 南田 明美氏 第二弾

 日本センチュリー交響楽団とハローライフが協働して行う就労支援プログラムmusic project「The Work」。2014年からスタートして、今年で3年目の開催となりました。今年は、日本センチュリー交響楽団がプロデュースをする「音楽創作ワークショップ」とハローライフがプロデュースをする「ハローライフワークショップ」を交互に行い、4月より約3ヶ月間で全12回のワークショップを実施します。現在、7月の作品発表コンサートに向けて、参加者の皆さん、日本センチュリー交響楽団の楽団員の皆さん、作曲家の野村誠さん、スタッフが一体となりプロジェクトが進んでいます。

 このエッセイは、文化政策や障がい者支援など、様々な分野で活躍されている方々をレポーターとしてお迎えし、ワークショップの内容とご自身の専門分野を結びつけて、自由に書いていただくリレー形式のレポートエッセイです。各レポートを通じて、より多くの方々に「The Work」の取り組みを知っていただき、ワークショップの中で起こっていることはもちろん、オーケストラの活動や就労支援におけるこれからのあり方などを考えるきっかけになればと思っております。
 第3回のレポーターは、前回に引き続き、神戸大学大学院国際文化学研究科 博士課程後期課程に在籍中で、オーケストラのアウトリーチ活動やシンガポールのコミュニティ・アート政策の研究をされている南田明美(みなみだあけみ)さんです。

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第3回
参加者の同世代として見る<コミュニティ>としての「The Work」
-南田明美(神戸大学大学院国際文化学研究科 博士課程後期課程 芸術文化論コース)

 前回(5月31日のワークショップ)のレポートでは、音楽学的立場からこのワークショップを報告した。今回は、文化政策を勉強する者として、そして参加者の同世代として、「The Work」に現れる<コミュニティ>について考えてみたい。
 
 第4回のワークショップは、「アイデアを整理する『音楽のコロンブス』」という題名で行われた。今回は、コミュニティプログラムディレクターである野村誠氏がワークショップを主導し、皆でイギリスの作曲家ヒュー氏から送られてきた2つの「宿題」について考え、創作をする内容であった。

 1つ目の宿題は、「Deep Time」というテーマで90秒間の美しい音楽を作るというもの。もう1つは、「この世界から、生物が死に絶えていく感じ」を表現するものであった。後者は、ヒュー氏がハイドンの交響曲第45番《告別》から着想を得たもので、最初は皆で音を鳴らすが、1、2分経ったところで、1人ずつ演奏を止めていき、最後にはすべての音がなくなるという構成である。

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 この日最初に行われたワークショップでは、参加者と野村氏、楽団員の9人で、1台のグランドピアノを使い、「Deep Time」を創作することになった。3つのグループに分かれ、順々に演奏する。皆、グランドピアノに頭を突っ込みながら、マレットやペットボトルで弦の部分を叩いたり、ピッチカート奏法(指で弦をはじく奏法)を用いたり、各々思いつくままにピアノに触れ、「Deep Time」を表現した。参加者らは、他のグループが奏でる音に耳を傾けながら、自分はどういう音を出そうかと考えているようであった。

 その後、遅れてきた数名の参加者も加わり、オーケストラで使用される楽器と野村氏が持参した打楽器を使って、皆で「Deep Time」を演奏。自分のグループの番には、各人が思いのままに「Deep Time」の音を鳴らした。
 楽譜があるわけでもないし、構成が決められているわけでもない。しかし、それがよかったのか、参加者は初めて触る楽器であっても、30秒間、即興で自分が心地いいと思える「Deep Time」の音を出そうと、他者が表現する音と自分が表現する音の両方に耳を澄ましていた様子だった。たとえば、ある男性は、1度目の練習で「この音は、自分が表現したい音となにか違う」という感じで首を傾げていた。しかし、2回目は理想の音に近づいたようで、彼からは笑顔がほころびた。
 
 この日は、楽団員の提案で、議論の時間を設けることになり、「Deep Time」をより深く表現するために「時間とは何か」について10分ほど皆で話し合った。野村氏が、インドネシアの時間感覚について話すと、参加者から「パラレルワールドはあるのか」「蛾はなぜ同じところにずっといられるのか。時間感覚の問題か」「谷川俊太郎のように大人になっても少年の心を持ち続けられるのはなぜか」「大人になると時間の流れが早くなるのはなぜか」「台湾の時間の流れ方が日本と違うからか、懐かしい匂いがした」など、ひっきりなしに時間に対するイメージや想い、疑問が出てきた。皆、傾聴して頷き、それを受けて意見を出そうとしている様子が伺えた。6月7日に行われたハローライフワークショップでの意見交換で分かったことなのだが、どうやら参加者の中で「本音が言えた」、「自分が思っていることを素直に言えるようになった」、「こだわっていたものをぶち破れた」という感覚が芽生えてきているようだ。

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 前回と今回、ハローライフワークショップを見学して、直観的に感じたことがある。それは、参加者の皆さんは「素直でまっすぐな方が多いな」ということだ。話を聞いていると、ゴジラ、都市社会学、陶芸、美術、吹奏楽など、自分の好きなことをしっかりと持っている。いわば、普段の会話や自己紹介での「話のネタ」がある。たぶん確固たる自身のアイデンティティもあり、個を尊重する優しい心を持ち、意見もしっかりと言える能力を持ち、かつ潜在的には「人好き」な人が多いように見受けられる。「何か表現したい!」というエネルギーも音楽ワークショップからすごく伝わってくる。だからこそ、彼らはこの「The Work」の扉を叩いたのであろう。

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 それにもかかわらず、事前アンケートでは、他者とのコミュニケーションが苦手という方や職場の人間関係に悩んでいる人が多かった。なぜなのか。

 今回のワークショップを見ながら、筆者は、コミュニティ論の古典書であるテンニエスの『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』を思い出した。ゲマインシャフトは「共同社会(Community)」、ゲゼルシャフトは「利益社会(Civil Society)」と訳される。それらの人間関係のあり方の違いが、彼らの抱える問題に繋がっているのではないだろうか。

 つまり、人は、自然的本能として、相互に無償の愛や慈しみを与え肯定し合う「ゲマインシャフト的結合=コミュニティ」を求めている。一方、経済的資本を基盤とする利益社会(ゲゼルシャフト)では、人は、あらゆる結合をするにもかかわらず分離しつづける。その人間関係は、「契約」によって成立している無機質な利害関係である。ときに人は、「契約」にある義務を遂行するために擬似的人格を作りださなければならない。その状況は、人々に孤独感と不安感をもたらす。
 
 参加者の同世代として感じることは、我々の世代は今まで以上に「契約」としての人間関係を強制されていることだ。それは、とりわけ、人との競争を求める新自由主義の広がりによる。近年は、創造産業という人々のアイディアを基盤とする産業構造や、創造都市という人々の多様性を認める都市のあり方が脚光を浴びている。しかし、それでも実生活では「A=A」でなければならず、「A=B」や「A=C」は許されないことが多い。その原因をテンニエスの理論を借りて言うならば、利益社会が資本家のために存在し、資本を持たない人々を「死せる道具の如きもの」へと変え、奴隷化するからであろう。※1 つまり、利益社会は、一般の人々の人間としての感性をそぎ落としていく。それにもかかわらず、資本の集積場である都会に生きていると、相互扶助的関係を持つ<コミュニティ>に出会うことが難しい。感性を回復する場、自分を素直に出せる場がないのだ。だから、自分をちゃんと持ち、感受性の強い参加者らのような人々は、このような社会で生きていくことへの悩みや苦しみを覚えるのであろう。
 
 そのような中で「The Work」は、彼らの感性を取り戻す場所として機能しているようだ。ここには、「資本」や「契約」、「義務」を伴わない。彼らは、純粋に、野村氏や楽団員とともに音楽を奏で、自分の表現を追求し、語り合う。ここは、彼らにとって「居心地のいい場所」あるいは「安全地帯」となる。だからこそ、彼らは素直に発言ができ、恐れず「新しいこと=楽器の演奏」にチャレンジができたのだと、私は思う。
 成果発表のコンサートまで、ワークショップはあと1か月間続く。感性を取り戻しつつある彼らの音楽が、どのようなものなるのか、楽しみである。

※1テンニエス(杉之原寿一訳)『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト:純粋社会学の基本概念(上)』、1957、岩波書店、p.125。

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南田明美(みなみだあけみ)
2007年より6年間センチュリー・ユース・オーケストラに在籍。2009年大阪音楽大学(トランペット)卒業。2011年神戸大学発達科学部人間表現学科表現文化論コース(音楽学)卒業。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程前期課程を経て、神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程後期課程に在学中。現在の研究テーマは「シンガポールのコミュニティ・アート政策はコミュニティ/市民社会/ナショナル・アイデンティティを変容させるのか」。主な論文に「国家威信が重視されたオーケストラの文化政策とアートマネジメントのジレンマ-シンガポール交響楽団を事例として-」(『文化経済学』第12号第1号)がある。

2016/06/10

ワークショップ リレーレポート 中川 悠氏

 日本センチュリー交響楽団とハローライフが協働して行う就労支援プログラムmusic project「The Work」。2014年からスタートして、今年で3年目の開催となりました。今年は、日本センチュリー交響楽団がプロデュースをする「音楽創作ワークショップ」とハローライフがプロデュースをする「ハローライフワークショップ」を交互に行い、4月より約3ヶ月間で全12回のワークショップを実施します。現在、7月の作品発表コンサートに向けて、参加者の皆さん、日本センチュリー交響楽団の楽団員の皆さん、作曲家の野村誠さん、スタッフが一体となりプロジェクトが進んでいます。

 このエッセイは、文化政策や障がい者支援など、様々な分野で活躍されている方々をレポーターとしてお迎えし、ワークショップの内容とご自身の専門分野を結びつけて、自由に書いていただくリレー形式のレポートエッセイです。各レポートを通じて、より多くの方々に「The Work」の取り組みを知っていただき、ワークショップの中で起こっていることはもちろん、オーケストラの活動や就労支援におけるこれからのあり方などを考えるきっかけになればと思っております。
 第1回目のレポーターは、NPO法人チュラキューブ代表理事で、大阪を拠点にイシューキュレーターとして活動されている中川悠(なかがわはるか)さんです。

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第1回
『演奏』という非言語のコミュニケーションが、若者と楽団員の未来を変える?
——— 中川悠(NPO法人チュラキューブ 代表理事/イシューキュレーター)

日本センチュリー交響楽団の楽団員が、参加者である就労困難者の状況改善にどこまでアプローチできるのか。それが、新しい就労支援プログラム「The Work」のメインテーマである。
 僕はイシューキュレーター(課題の編集者)と名乗り、ニュータウン、第一次産業、ものづくり企業、地域コミュニティなどが直面する社会課題をプラスに変える仕事をしている。最近では、障がい者を取り巻く状況を変化させるべく、淀屋橋にカフェ併設の福祉作業所を立ち上げた。ここは、将来的に就職を目指す障がいある若者たちが、社会の中で働くための力を育て、巣立っていくための支援機関である。

 就労困難な状況の若者たちが、どうプラスの力を育むか。その視点を持つ専門家として、「The Work」のレポートを書いて欲しいという依頼があった。「音楽創作を通じた就労支援?」「交響楽団が中心となって進めていく?」。もちろん、不可能だとは思わないが、実際の現場を見ない限り、全くもって想像することができない。僕は担当者にお願いし、1回目と2回目のワークショップを連続で見学させてもらうことにした。

 20~29歳の若年者を取り巻く雇用環境の問題点として、アンケートの中でも「職場の人間関係の問題」「仕事の質の問題」「仕事の量の問題」「仕事への適性の問題」が多く挙げられる。現在、障がい者の就労に携わっている経験からも、人間関係を作り上げるためのコミュニケーション(ソーシャルスキル)を育めるかどうか、自分が働いている姿への想像力(就労イメージ)を持てるかどうかが、就職後に継続して働き続けられるかどうかの大きな分岐点だと考えている。もちろん、問題点はそれだけではない。それ以外にも就労困難者が乗り越えなければならないハードルは数多くあるのだ。だからこそ、今回の「The Work」がどんな奇跡を起こしてくれるのか、どんなプログラムになっているのか。期待に胸を躍らせながら、日本センチュリー交響楽団の拠点である服部緑地に向かうことにした。

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 会場に入ると、防音効果の施された高い壁、100人以上の楽団員の練習ができるであろう広大な空間が目の前に広がっていた。クラシック音楽とは程遠い人生を過ごしてきた者としては、音楽ホールが醸し出す非日常な空間にワクワクしてしまう。
 ワークショップは基本的に参加者と楽団員が混ざり合いながら進んでいくようだ。車座になって座っている中の約10名が本プロジェクトの参加者。そして、5名ほどが交響楽団の楽団員、そしてナビゲーターの作曲家・野村誠さんという構成。

 自己紹介が終わると、1人ひとりが会場に置かれている楽器を取りに行く。トランペット、コントラバス、トロンボーン、ビオラ、トーンチャイム、ピアニカなど、馴染みのある楽器からなかなか触れる機会のないものまで、どれを選んでもいいし、いつでも交換してもいい。そして、それぞれの楽器を使って、今から何をするか、野村さんが穏やかに説明をする。音楽創作のテーマは「ジオロジカルシンフォニー」。詳しい説明はここでは省くとして、ジオロジー(地質学)をテーマとしたオペラをイギリスで上演するため、その音楽を日本とイギリスで連携しながら作りあげていくらしい。

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 野村さんが指示を出す。「白亜紀の恐竜時代をイメージして音を出してみましょう」「指揮者を無視して速く弾いてみましょう」「今度はゆっくり…」。参加者はめいめいに考え、おそるおそる音を出してみる。今度は「“ゆっくり”って、どのくらいゆっくりだと思いますか?みんなで考えてみましょう」「楽器と手拍子を混ぜてみましょう」「今度は足のステップでリズムをとってみましょう」。自分の音だけに集中し過ぎないように、そして、それぞれが正解を求めずに演奏できるように。何よりも、自分の演奏に対する思い込みの壁を、どんどん低くしていけるよう、野村さんが次へ次へと、参加者の想像をほんのちょっとだけ超えたミッションを託していく。

 なるほど、音楽を演奏するという行為の中には、自分の音だけでなく相手の音に耳を傾けること、自分だけでなく誰かの歩調に合わせていくこと、つまり、コミュニケーションの中で必要になる重要な学びが隠れているのか。コミュニケーションが苦手な人と得意な人が「言葉による会話」ではなく、「楽器による対話」を通して混ざり合っていくことで、苦手な人たちのスキルが少し上昇していく。それこそが、このワークショップが就労支援プログラムとして目指している核の部分なのだと、改めて肌で感じることができた。

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 もう一方で、このプロジェクトは交響楽団という旧態依然とした存在が、観客に向けてのみ演奏をしてきた歴史から脱却するためのものだという話も聞くことができた。演奏のみに力点を置いてきた楽団員が、地域で暮らす人をはじめとして、音楽に興味を持たなかった若者たちとも、特技を活かして関わっていくことで、今までにはなかった交響楽団の新しい方向性を探ろうというもの。音楽に精通した者同士であれば、アンサンブル(2人以上が同時に演奏すること)であったとしても目や耳をフル活用し、間合いやスピードを調整することで素晴らしい演奏を生み出すことができる。しかし、今回の取組みは、初心者のペースに合わせる体験を積むことが目的。この経験値の積み重ねの中で、楽団員としても一般社会の感覚を掴むことができるのだろう。

 「The Work」のチラシには、こんなキャッチコピーが書かれている。「前向きなパワーや気持ち、自信を身に付けたいと考える若者の参加をお待ちしております」。
 それぞれ、心の中に大小さまざまな不安を抱えた参加者たちが、6回の音楽創作ワークショップ、同じく6回のハローライフワークショップ、そして大勢の前で演奏をする作品発表コンサートを通して、どのように変化していくのか。彼らの心に音楽がどこまでアプローチでき、自信の回復や、就労意欲の高まりにつなげることができるのか。そして、もう一つの目的である楽団員の意識についても、何を感じ、未来を変えていく一歩になるのか。一風変わった就労支援の新しい取組みから、まだまだ目が離せない。

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中川悠(なかがわ はるか)
㈱講談社 KANSAI1週間編集部での情報誌編集業務、アートギャラリー運営などの経験をもとに、2007年にNPO法人・株式会社を起業。近年はクリエイターのビジネス促進を目標に掲げ、大阪府や近畿経済産業局などのマッチングイベントのファシリテーターを担当。その他にも、障がい者施設の工賃向上を目指したお墓参り代行サービスビジネスの立ち上げ、団地やニュータウンのコミュニティ再生を目的とした「PIC六甲アイランド」など、人と街を元気にするため様々なプロジェクトに尽力している。また、2014年9月からは淀屋橋にカフェ併設の障がい者福祉施設「GIVE&GIFT」をオープン。社会課題を少しでもプラスに変えられるようなアイデアをカタチにしている。